ぐれっぐのことば日記・改

引越ししてみました

流れに身を任せて生きるための12の実際的な方法 / 12 Practical Steps for Learning to Go With the Flow

懲りずに続きます、zenhabitsより、肩の力を抜いて生きることに関する記事を(勝手に)翻訳しました。原文はこちら、

http://zenhabits.net/2008/02/12-practical-steps-for-learning-to-go-with-the-flow/

翻訳に関する質問、間違いの指摘などありましたらお知らせください。

Enjoy!

kiyosudo / ぐれっぐ

流れに身を任せて生きるための12の実際的な方法

「人生とは自然な変化の連続である。変化に抗ってはいけない、そんなことをしては悲しみを生むばかりである。現実を現実としてみなしなさい。起きる出来事をなすがままに流せ」 老子

生活の中にどれだけの規律を求めても、どれだけよい習慣を築き上げても、常に私たちのコントロールが及ばないものが存在します。そういうものをそのままにしておくと怒りやいらいら、ストレスの種になるものです。

簡単な解決は、流れに身を任せて生きるようにすることです。

「微笑み、呼吸をし、そして、ゆっくり行きなさい」 ティク・ナット・ハン

たとえば、あなたが完全な平穏をもたらす朝の習慣を始めたとしましょう。あなたを落ち着かせ幸せをもたらすことができるように、それを築き上げたのです。しかしある日突然、洗面所の水道管が破裂してしまいます、散らかったものを掃除しなければいけなかったり、破裂した水道管を修理しなければいけなかったりといったストレスが多い朝を送らなければならなくなるのです。

腹も立ちますし、がっかりもします。朝の儀式を行うことができなかったのですから。あなたが慣れ親しんできたものに変化を強いるものすべてにストレスを感じます。あなたは、その日一日中いらいらしたまま過ごし、一日が台無しになってしまいます。

何かに対処するのに一番よい方法とはいえませんよね?もし私たちが自分に正直になれば、誰もが何かしら、このような問題を抱えているものなのです。お気に入りのものを台無しにしてしまうようなこと、私たちが慣れてきたものを変えようとする人たち、自分の思うようにならない人生。


流れに身を任せて生きていきましょう

そもそも、「流れに身を任せる」ってどういうことなのでしょう? それは柔軟に対応していくこと、変化を怒ったりいらいらしたりすることなく受け入れることであり、人生を自分の思ったように形作るのではなく、人生があなたにもたらしたものを受け入れることなのです。

「今、起こっていることに従って生き、心に自由を与えなさい。あなたがしていることを何でも受け入れることによって人生に集中する。それが究極の生き様なのだ」 荘子

最近、ある読者から流れに逆らわず生きる方法についてもっと書いてほしいというリクエストを受けました。そこで、私に役に立っているいくつかの方法を紹介してみます。いつものように、この方法が完全なものであるなどというつもりはありません、私自身が学習の途上にあるのですから。それでも、以下のコツが多くの人の役に立つだろうと思っています。

  1. すべての物事をコントロールできるわけではないということを認める ---- 私たちはこのことを程度の差こそあれ、頭では理解していると思います。しかし、頭で考え、行動したり感じたりすることが、この根源定理と矛盾するというのはよくあることです。われわれは世界を変えることはできないのは自明ではありますが、心のどこかでそれができたらいいなと思っているようでもあります。もちろん、そんな都合のいい考えが実際に起こることはありません。あなたは自分の影響が及ぶとても小さな範囲内ですらすべての物事をコントロールできるわけではないのです。あなたは影響を与えることはできますが、多くのことはあなたのコントロールの範囲を超えているのです。上の例では、あなたは朝の習慣をコントロールすることはできますが、何か邪魔をすることが起こることはたびたびあります。(誰かが病気になったり、事故が起こったり、朝の5時に電話がかかってきて朝の儀式を邪魔されたり、などなど) そのようなことはあなたに朝の習慣を中断させてしまうのです。最初にすべきことは、そういうことは起きるのだということを自覚することです。起こるかもしれないではありません、それはいつか起こるものなのです。私たちがコントロールできないのに、私たちの生活にすべての面で影響を与えるものごとはいろいろあります。わたしたちはそういうものを受け入れなければならないのです。そうでもしなければ私たちは常にいらいらしていることになります。しばらく、このことについて考えて御覧なさい。

  2. 自覚する ---- 私はこのステップについて他のトピックに関する記事の中でも書きましたが、それがとても重要なことだからです。自覚がないことを変えることはできないのです。自分の考えの観察者にならなければいけません。自分に対して精査してみましょう。あなたの気持ちが動転していることを自覚しましょう。そうすれば、気持ちが動転していることに対して何かしらの対処をすることができます。一週間、気持ちが動転するたびに小さなノートに正の字を足していきましょう。それだけです、正の字を足していくだけ。そして、すぐにあなたは自分の怒りやイライラについてもっと自覚することができるでしょう。

  3. 深呼吸 ---- もし、あなたが怒りやイライラを感じたら、深呼吸をしましょう。数回繰り返してみましょう。このステップはあなたを落ち着かせ、このリストの残りのステップをこなすのに重要なものです。何度も練習してみましょう。それができるようになれば、あなたはかなりのことを到達したことになるのです。

  4. 大きな視野を手に入れる ---- これはいつも私の役に立ちました。何かが起きるたびに私は腹が立ってしまいます。車が故障したり、子供が電子レンジを壊したり。そんなとき、私は深呼吸をし、一歩引いてみるのです。映画を見ているとカメラがズームアウトしてちょっと前に見ていた景色よりももっと広い視野を得ることがあるでしょう。クロースアップから広いパノラマの景色に変わるあのシーンを思い浮かべることができるでしょう?あれが、私の心の目に起こるのです。私は十分に遠ざかって全体が見通せるくらいになるまで、自分の視点を遠ざけていくのです。そうすれば、何が起こったとしても、あまり重要でなく思えるようになります。一週間後、一年後、この些細な出来事はちっとも問題になりません。誰もそんなこと気にしないでしょう、あなた自身でさえも。そんな些細なことに対して何を怒っているのですか?受け流してしまえば、重大なことにはならないのですよ。

  5. 練習 ---- 重要なことですが、どんな技術を学ぶときでも同じように最初からうまくできることなんてありません。最初から上手に書いたり読んだり運転したりすることができる人がいるのですか?私が知っている人の中にはそんな人はいません。スキルは練習によって養われるのです。流れに身を任せて生きようとしても、最初はへまをするでしょう。つまずいたり転んだりするのです。でも、大丈夫です、それも学習過程の一部なのですから。練習を続けることによってこつをつかめるようになってきます。いつか、あなたは禅マスターとなり、Zen Habitsで学んだことについて投稿記事を書いてくれることでしょう。 :)

  6. 小さな一歩 ---- 前のステップと同じように、小さい物事の積み重ねをすることです。禅マスターが言ったことを一晩でやろうとしないでください。大きなかけらを口にほおばろうとしないように。小さく噛み千切ったものから始めてください。流れに身を任せて生きることを学ぶときにも、小さなことから始めてみましょう。 ---- まずは前の章でふれた気が動転するたびに正の字を足していくことに焦点を当ててください。そして、深呼吸。それができるようになったら大きな視野でものごとを見ようとすることです。あなたにとって簡単な問題から始めるのもいいかもしれません。もし仕事上の問題のほうが、子供の問題よりも受け入れやすいのであれば、仕事の問題から始めるというのも一つの手です。

  7. 笑い ---- 物事に対していらいらするよりも、おかしいことだと思うほうが私にとっては助けになります。車が渋滞の真っ只中で故障し、携帯電話もスペアタイヤもないんですよ。笑っちゃいますよね。このばかげた状況を笑い飛ばしてください。物事を笑い飛ばすにはある程度、自分を状況から切り離すことが必要になります。物事の真っ只中にいたらとても笑うことなんてできませんが、ちょっと上の視点から見ると結構おかしかったりしますよね。この「自分を切り離す」という作業は結構重要です。笑うことができるようになれば大部分のことが達成できたことになります。もし、おかしくない状況に陥ったとしてもとにかく笑ってみてください。笑ってしまえば、意外と本当におかしく感じられるものなのです。

  8. 日記をつける ---- 日記をつける目的にもいろいろありますが、流れに身を任せて生きるために日記をつけるというのはその中でも一番よいものです。一日一回、正の字の線の一本一本がどんな状況だったのかを思い起こしてください。そして、その状況について書き起こしてみてください。どうして気が動転したのですか?気が動転したことに対してどう対処しようとしましたか?うまくいきましたか?もしうまくいかなかったら、どうしてうまくいかなかったのですか?次に似たようなことがあったら何ができますか?このような事後の回想と調査が、実際に起こったことから学ぶことのよい手助けとなるのです。

  9. 瞑想 ---- もし、日記を書くのが得意でなければ、少なくとも一日一回、頭の中でその日に起こったことを回想することをお勧めします。瞑想、お風呂、または一杯のお茶でストレスを取り除き、一日を振り返りその日起こったことについて考えてみてください。そのとき、あまりいらいらしないでください、これも学習の一つなのですから。深呼吸を何度かし、それぞれの状況を、外部者の立場から見つめなおしてみてください。このようなレビューは学習過程の中であなた自身の向上を促進するでしょう。

  10. 他人をコントロールできないという事実の認識 ---- ああ、最大の難関ですね。他の人が自分の思い通りに行動してくれないということでいらいらすることがあります。それはあなたの子供のことかもしれませんし、あなたの愛する人のことかもしれません。同僚や上司のことかもしれないし、母やあなたのベストフレンドのことかもしれませんね。しかし、彼らは彼らの人格や価値観にしたがって行動しているのだということを忘れてはなりません。彼らが私たちが望むとおりに行動してくれるとは限らないのです。そしてそのことを認めなければいけません。彼らをコントロールすることなどできないのだということを受け入れてください。彼らがあるがままの姿を、なすことを受け入れてください。簡単なことではありませんが、練習することによってできるようになるのです。

  11. 変化と不完全性を受け入れる ---- 私たちが望みどおりのものを手に入れたとき、それが変化してしまうのを望む人はいません。しかし、物事は変化するものです。物事の道理です。私たちは物事を自分の望む姿にとどめておくことはできないのです。。。それよりも、物事があるままの姿を受け入れるようになれるほうがいいのです。世界は常に変わり続けているということを受け入れましょう。そして私たちもその変化するものの一部であるということも。そして、ものごとが『完全』であることを望むより(そもそも『完全』って何なのですか?)、ものごとは完全であるはずがないということを受け入れるべきです。『普通によい』ものを受け入れなければいけません。

  12. 人生を変化、混沌、美として楽しむ ---- 私が、前のパラグラフで『そもそも完全とは何か』とたずねたのを覚えていますか?それはとても面白い質問です。『完全』とはあなたの頭の中にある理想の生活や世界のことをいうのですか?あなたには理想があって、その理想に合うように世界を変えていこうというのですか?そんなことは不可能に近いのですから、それよりも世界のあるがままが『完全である』と捕らえてみてはいかがですか?とてもごちゃごちゃ、混沌としていて、痛みや悲しみ、汚さもある、、、そして完璧に完全なのです。世界はあるがままに美しいものです。人生とは確立されたものではなく、変化の流れなのです。決してとどまっているものではなく、常にごちゃごちゃ混沌と氏、それでいて美しいものなのです。私たちの周りにあるものはすべて美しいものです。私たちがそれをあるがままに完全だとみなすことができたなら。

「私は混沌を受け入れよう。混沌が私を受け入れてくれるかどうかは定かではないが。。。」 ボブ・ディラン

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